「第三次世界大戦はもう始まっている」
――そう述べるのは、フランスの歴史人口学者・家族人類学者であるエマニュエル・トッド(1951年~)です。
トッドは『最後の転落』(1976年)でソ連崩壊を、『帝国以後』(2002年)で米国発の金融危機を、『文明の接近』(2007年)でアラブの春を予言。最近では、トランプの勝利や、イギリスのEU離脱などを的中させています。
以下、トッドの「第三次世界大戦はもう始まっている」(文藝春秋)に基づいて、彼の主張をご紹介します。
責任はアメリカとNATOにある
トッドは米国の国際政治学者ミアシャイマーの説に大筋同意する形で、ウクライナ戦争の責任は、プーチンやロシアではなく、米国とNATOにあると主張しています。
ロシアは「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」と明確に警告を発してきていました。それにも関わらず、米国とNATOがこれを無視したと言うのです。
もちろん、ウクライナは正式なNATO加盟国ではありません。
しかし、トッドによれば、ウクライナ侵攻の段階で、米英はウクライナを武装し、軍事顧問団を派遣して、同国を「"事実上"の加盟国」としていたのです。
NATOの東方への拡大
ここで、見逃せない事実があります。
それは、ドイツ統一が決まった1990年の時点では、米国は「NATOは東方に拡大しない」という約束を、ソ連に対して保証していたということです。
それに反して、NATOは、1999年にポーランド、ハンガリー、チェコを、2004年にルーマニア、ブルガリア、スロバキア、スロベニア、エストニア、ラトビア、リトアニアを加盟国に迎え、東方に拡大してきました。
その上で、2008年のNATO首脳会議で、「ジョージアとウクライナを将来的にNATOに組み込む」ことが宣言されました。
これに対して、プーチンは即座に記者会見を開き、ジョージアとウクライナのNATO入りは絶対に許さないと警告したのでした。
すでに第三次世界大戦に突入
ポーランド出身の学者ブレジンスキーの論では、ウクライナなしではロシアは帝国になれません。
この論から、米国の戦略としては、ロシアが帝国として米国に対抗できないようにするために、ウクライナをロシアから引き離しておくべきだという結論が導き出されます。
実際、米国は英国と共にウクライナを武装化し、軍事顧問団を派遣して、同国を"事実上"のNATO加盟国としました。
米国人は自国民の死者は出したくないが、実際はウクライナを武装させることで、ロシアと戦っているではないか――トッドの論理はこのようなものです。
ウクライナは米国の「死活問題」
前述のミアシャイマーは「ロシアはアメリカやNATOよりも決然たる態度でこの戦争に臨むので、いかなる犠牲を払ってでもロシアが勝利するだろう」と結論しています。
一方、トッドはウクライナ戦争は米国にとって「遠い問題」ではなく、米国主導の国際秩序に直接挑みかかるもので、「死活問題」となるものだと指摘します。
そのため、米国はこの戦争にミアシャイマーの想像よりも深くのめり込む可能性があるとトッドは述べています。
一方、りんラボは?
トッドによれば、西側メディアには、「プーチンは、かつてのソ連やロシア帝国の復活を目論んでいて、東欧全体を支配しようとしている。ウクライナで終わりではない。その後は、ポーランドやバルト三国に侵攻する」という危機感があります。
それもあって、ウクライナ戦争に見られる、欧米の代理戦争という側面は確かに否定できないでしょう。
実際に、現在では、英米などが供与した長距離ミサイルで、ウクライナはロシア領内を攻撃しており、トッドはこれを「第三次世界大戦」と表現する立場です
一方、りんラボでは、実際の"欧州開戦"の瞬間に特別な意味を与えるため、現状では「第三次世界大戦」はまだ始まっていないと考えます。
トッドは米国とロシアとの対決という側面を注視しているようですが、りんラボはトランプ政権下の米国抜きでの、欧州諸国の決意に注目します。
確かに、NATO加盟国では最近、防衛費の目標をGDP比2%から5%に増大することが同意されたり、フランスの核抑止力の拡張が議論されたり、新動向が目立ちます。
ただ、現状では欧州諸国に、断固としてロシアとの直接対決を戦い抜くという覚悟が定まっているとは言えないでしょう。
可能性としては、ロシアのNATO加盟国攻撃を目の前にして、欧州諸国がウクライナから手を引き始めるというシナリオも十分想像できます。
すると、ウクライナ戦争の延長線上に、欧州開戦を自動的に置くことはできないわけです。
そう考えるならば、「ウクライナ戦争は欧米の代理戦争とは言えるが、第三次世界大戦ではない」とする方が自然だと、りんラボは結論します。